写真を趣味とする人なら、ズミクロンという名前は誰でも知っているほどメジャーなレンズだ。しかし、実際に使ったことがある人は限られるだろう。
表現したい写真には、それ相応のレンズが必要というのが写真の常識である。
しかしながら、私のように少しひねくれた人間にぴったりのレンズは、長年なかなか見つからなかった。それでも今まで数々のレンズを使ってきた。ニコンやキャノンはもちろん、ハッセルのプラナーやローライフレックスなど、一通り試してきたつもりだ。
だが、ライカのレンズだけはなかなか手が出なかった。価格の問題もあるが、それ以上に敷居が高く感じたのだ。自分のような未熟者がライカのような一流レンズに手を出すのが怖かったのもある。
そんな中、ライカのオマージュとも言えるNOKTON CLASSIC 35mmを試してみたが、どうもしっくりこなかった。それならば本家を試してみたいという思いが強くなった。
私は基本的に35mmのレンズが一番好きだ。一本で何でも撮れるからだ。カメラやレンズをいくつも持ち歩くのは嫌いで、一組のカメラで撮影を完結させたい横着なところがある。そのため、レンズを選ぶ際はたいてい35mmを選んでしまう。
しかし、ライカの35mmレンズは非常に高価で、気軽に手にできるものではない。そんな中で目に留まったのが、沈胴Summicron 50mm f2だった。価格的に手が届く範囲であり、これが私の選択肢となった。
正直初めて使った時にはそのレンズ収差にビックリした。中央はかなりシャープなのだが、かなり絞っても周辺の画質がかなり悪い。
最近のレンズしか使ったことがない人なら面食らうのではないだろうか。
しかし使い込んでいくうちにそういった収差の部分が沈胴ズミクロンの面白さだと気づいていく。
私はモノクロで撮影することが多いのだが、ズミクロンのモノクロの描写力は圧倒的なのだ。理論や解像度といった数値では表せないような存在感。
好き嫌いがはっきりと分かれる描写なのは間違いないかと。でも私にとっては、今まで使った中で抜群に表現したいものに合っているレンズ。
画質を簡単に説明すると、この時代のレンズとしてはコントラストがしっかりとしていて、線が太くてパワーのある描写。また中心部分のシャープネスは開放からビックリするほど高い。
周辺部分の画質については、この時代のレンズに求めるようなものではないのだがお世辞にもいいとは言えない。
正直カラーで撮影するのであれば、フォクトレンダーなど現代のレンズのほうがいいのではないか。
沈胴ズミクロンの凄さはモノクロの諧調表現にあると思う。
白と黒の出方が際立っている。
またライカのレンズ全てに共通していることでもあるが、ストレートプリントで作品になってしまうところも特筆すべき点。撮影後にコントラストと露出だけRAW現像ソフトで調整すれば終わってしまう。
以前にある有名な写真家の作品は全てストレートプリントだ、という話を聞いてびっくりしたことがあったが、ズミクロンを使ってみてやっと納得できた。
その写真家はフィルムで撮影されていたので、現代のデジタルならより調整がこまかくできる。レタッチする必要がないので、よりコントラストや露出の調整だけに集中できるということは、ファインプリントもよりやりやすいわけだ。
私が沈胴ズミクロンを使い込む中で、さらに感じたのは「レンズの個性」そのものの面白さだった。
現代のレンズはシャープネスや解像度、歪曲収差の補正など、あらゆる点で完璧に仕上げられている。
しかし、それが時に「均一すぎる」と感じてしまうことがある。どんな状況でも同じような描写をするのは、確かに便利ではあるものの、表現としての「癖」や「味」が感じられないことが多い。
一方で、沈胴ズミクロンは明らかに個性がある。特にモノクロ撮影では、その個性が際立ち、被写体に深みや奥行きを与えてくれる。
ハイライト部分の粘り強さ、シャドウの締まり具合、そのどれもが他のレンズにはない独特のバランスを持っている。
また、撮影時の楽しさという点でも、このレンズは格別だ。ピントを合わせ、構図を決め、シャッターを切る。
フィルムカメラで撮るときのような、じっくりと被写体と向き合う感覚がある。
デジタルカメラで使っても、撮った写真をすぐに確認するのではなく、「どう写っているのだろう」とワクワクしながら見るようになった。
これは最近のレンズではなかなか味わえない感覚ではないだろうか。
しかし、すべての人にとって沈胴ズミクロンが最適なレンズかと言えば、そうではないだろう。現代のレンズと比較すれば、使いこなすには慣れが必要だし、開放での周辺画質を気にする人には向かない。しかし、少しでも「レンズの個性を楽しみたい」と思うなら、一度は使ってみる価値がある。
ズミクロンは「完璧なレンズ」ではない。しかし、その不完全さが魅力であり、撮る人の個性を引き出してくれる道具でもある。ライカというブランドの本質を理解する上でも、このレンズを使うことは大いに意味があると感じた。